化学染 (Chemical Dyes もしくは Synthetic Dyes)


化学を用いて人工的に生み出した色が化学染料で、この染料を用いて染める方法が化学染です。化学染料は1856年にイギリス人のウィリアム・ヘンリー・パーキン(William Henry Perkin)によって、コールタールから科学的に抽出したアニリンを使い、紫色を生み出したのが最初です。ですからこの時(1856年)以前の織物には、一切化学染のものは存在しないということになります。

 

 
【化学染の特徴】
化学染の主な特徴には以下のようなものがあります。
  • 一定の色に染めることができる
  • 安価である
  • 染めに技術を要しない
  • 短時間で染めることができる
  • 草木では出せない色(蛍光色など)を生み出すことができる
  • 年月を経るにつれて退色するが、汚らしい色になる
  • 草木染に比べ、きつく・明るすぎる色合いになり、見ていると疲れてくる
化学染料は、安価・簡単・短期間で染めることが出来るため、現在市場に出回っているキリムのほとんどにこの化学染料で染められた糸が使われています。明るい色合いや派手さから一目見た限りでは美しく思ってしまわれる方が多いのですが、化学染料のものは決してお勧めできません。

その理由は長く使っていくうちに、その色のきつさに疲れてしまい、嫌気がさしてくるためなのです。また化学染も草木染と同じく退色しますが、その際草木の退色とは違い、非常に汚らしい色合いになってしまうこともその理由です。

世界的に見ても草木染が圧倒的に支持されており、化学染料は所詮人間の生み出した幻想に過ぎず、天然のものにははるかに及びません。ちなみに化学染料が開発された当初は非常に高価なものでした。そのため、当時は逆に化学染のものが草木染のものより珍重されたのです。

しかし、技術の発達とともに化学染料の価格は下がり、生産コスト面から言うと草木染とついに逆転してしまったのです(草木染は天然の素材を原料としているため原材料はほとんどゼロですが、手間が掛かることと、染めの技術を有する熟練者が必要であることから、逆にコストが高くなってしまったのです)。

草木染 (Natural Dyes)

 

植物・昆虫・貝殻・鉱石など、自然に存在するものを染料とした染めの技法のことを指します。草木染の歴史は古く、紀元前25世紀頃には既に用いられていたことが、エジプトの古代の墓を発掘調査した結果から判明しています。ここでは、

  • 草木染の特徴
  • 草木染の技法
  • 草木染の原料
  • 草木染の象徴であるアブラッシュ(Abrash)

についてご紹介していきたいと思います。

 


 

【草木染の特徴】

草木染の主な特徴には以下のようなものがあります。

  • 色の精製方法は個人が持つ秘伝である
  • 同じ原料・同じ手法を用いても、同じ色が出来上がるわけではない
  • 染めに技量が必要とされる上に手間が掛かる
  • 後染めの場合、アブラッシュと呼ばれる自然の色のグラデーションが自然発生する
  • 年月を経るにつれて退色することにより、染た段階では出せない素晴らしい色合いが生まれる

草木染は全体的に化学染料に比べて、本質的により柔らかくまた優しい色合いになります。自然の原料の持つ色には、単一の色素だけでなくその他の色んな色素が含まれていることがその要因です。例えば自然の赤には青や黄も含まれています。そのため、化学染料のように赤の色素しか持たない赤とは大きく違ってくるのです。


草木染の素晴らしさは誰もが認めるところであり、昔は草木染のキリムがほとんどでした。しかし、昨今草木染のキリムはほとんどなく、今では化学染料が市場を席巻してしまっています。理由は化学の方が簡単に利用することができるうえ、手間が掛からずまた技量を持った人も必要としないため、コストを削減するにはうってつけだからです。

ちなみに草木染をする際、自分の好みの色を出すために神にお祈りの儀式までする人もいるほどですから、草木染は難しくまた尊いものであったと言えます(注:現在トルコでは草木染を見直すため復興プロジェクトが進んでいますが、それでも化学染料が大半です)

これは余談ですが、100%天然の原料でキリムを織り上げることを良しとしない人達が一部に存在し、彼らはキリムの一部に化学染料を意図的に用いるのです。これは化学染料を用いることで、完璧を避け神に及ばないようにする(つまり100%天然のものを生み出せるのは神のみである)と彼らは考えているためです。

 


 

【草木染の技法】

草木染の技法は大きく分けて3つの種類に分けられます。草木染には触媒を必ず加えると思っておられる方が多数いますが、実はそうではないのです。そこでここでは、その3つの技法それぞれについてご説明したいと思います。

触媒染 (Mordant Dyes)

触媒を加える方法で、草木染の大半にこの方法が用いられています。染めの原料自体は水に溶けるのですが、原料に含まれている色素自体は有機物で出来ているため、水に溶けません。触媒にはこの有機物を水に溶かし、色素を色の繊維まで浸透させる効力があるため、用いられているのです。触媒の中でも一般的に知られているものの一つであるミョウバンは、明るい色に仕上げるという効果も持ち合わせています。

 

建染 (Vat Dyes)

発酵を利用した方法で、藍にこの方法が用いられています。アルカリ性溶液を入れた甕(かめ)の中に藍を入れ密封し、熟成させることで染める方法ですが、注意すべきはこの溶液に漬けただけで青く染まるのではないという点です。糸は一旦溶液から取り出した後、空気に触れさせることで初めて青く染まるのです。

 

直接染 (Direct Dyes)

その名のとおり、触媒を一切用いず繊維を直接染める方法です。クルミの葉や殻を原料とする際、この方法が用いられます。


 

【草木染の原料】

染めに使われる原料は豊富です。そのうちの代表的なものを以下にご紹介します。

アカネ、コチニール、ラック、ケルメスナラ、紅花、ケシ、さくらんぼの皮、バラの根、チューリップの花びら、ナツメ、ザクロなど

藍(イランでは非常に高価な原料)、ナスなど

タカトウダイ属の植物、たまねぎの皮、クロウメモドキ、カミツレ、サフラン(イランでは安価な原料)、麻など

オレンジ

赤と黄を混ぜて作られる

紫および青紫

赤と青を混ぜて作られる

クルミの皮など

オークや漆など(これらには鉄分を有するタンニンが含まれているため)

 


 

【草木染の象徴であるアブラッシュ(Abrash)】

アブラッシュとは糸を染めた際に自然に現れる色ムラのことです。これは不良品ではなく、貴重な色のグラデーションとして高く評価されています。このアブラッシュは意図的に生み出すことは不可能であり、加えて以下の条件が揃わない限り発生しないのです。

  • 後染めであること
  • 手紡ぎの糸であること
  • 草木染であること

なお意図的にアブラッシュを作ろうとした場合はグラデーションにならず、縞模様になってしまう(要は失敗)ことがほとんどです。しかし、近年の化学染料の技術の発達により、人工的にこのアブラッシュを作り出すことが可能になったとの話もありますが、弊社では現在未確認です。

染めの工程

 

草木染の場合、染めの工程は先染め(Yarn Dyeing)と後染め(Piece Dyeing)の大きく2つに分けられます。先染めとは毛を糸に紡ぐ前に染める方法であり、後染めとは毛を糸に紡いだ後に染める方法です。キリムの場合は後染めを用いるケースがほとんどです。

キリムの糸の染色

 
キリムに使われる糸の染色方法は大きく分けて、”草木染”と化学染料染”という2つの方法が存在します。ここではまず染めの工程ついて、その後草木染と化学染料染のそれぞれの概要と特徴をご説明し、最後に草木染と化学染料染の見分け方についてご紹介したいと思います。

機械紡ぎ (Machine Spun)


機械紡ぎとは、その名の通り機械で糸を紡ぐ方法です。以下がその主な特徴です。
  • 糸の太さが一定になる
  • 紡ぐのに熟練の技術を必要としない
  • 手間と時間が掛からない
機械紡ぎの様子機械紡ぎは機械が行うわけですから、機械の操作方法さえわかれば誰にでもでき、かつ糸の太さが一定になるという特徴があります。そのため、糸を紡ぐ技術力のある人を必要とせず、また手間と時間が掛からないことから、生産コストを下げることができるのです。ですから、販売目的で作られたキリムには、この機械紡ぎの糸はうってつけなのです。

しかし、味わい深さやその趣は手紡ぎの糸にはるかにおよびません。そのため、世界中のキリムマニアはこぞって手紡ぎの糸で織られたキリムを探し求めているのです。(右は機械紡ぎの様子)

手紡ぎ (Hand Spun)


手紡ぎとは、その名の通り機械ではなく手で糸を紡ぐ方法です。以下がその主な特徴です。

  • 一本の糸の太さが一定にならず、太い部分と細い部分ができる
  • 誰にでもできるものではなく、熟練の技術が必要とされる
  • 手紡ぎの糸を草木で染めた際、素晴らしい色ムラ(アブラッシュ)が生まれる
  • 手間と時間が掛かる
手紡ぎの最大の特徴は、草木染を行った際アブラッシュと呼ばれる色ムラ(自然のグラデーション)が生まれることです。この色ムラがある糸が使われているかいないかで、キリムの価値は大きく変わります。なぜなら、この色ムラがあるということは手紡ぎの糸を草木染したという証となるからです。ですからアブラッシュはキリムの価値を判断する非常に重要な要因として扱われています(アブラッシュの詳細については、アブラッシュの項目をご参照ください)。
 
手紡ぎの様子
手で糸を紡ぐ女性

現在糸を手で紡ぐことは、手間が掛かること・熟練の技術が必要とされることからほとんどされなくなっています。今日、新しく織られているキリムのほとんどに使われている糸は機械紡ぎのものです。なお、オールド(製作から50年以上経過したものの称号)以上のキリムには手紡ぎの糸が使われているものが多いのです。

キリムの糸の紡ぎ方

 

キリムに使われる糸の紡ぎ方には、手紡ぎと機械紡ぎ(紡績)の大きく2つの種類が存在します。それぞれの特徴についてご説明します。

その他 (Others)

 

キリムには毛やシルクだけが使われるのではありません。それら以外にも用いられるものもあります。例えば金属・ビーズ・貝・コインなどです。これらはあくまでキリムの飾りや模様の一部(アクセント)として付け加えられます。

綿 (Cotton)


綿

綿は比較的キリムによく使われる素材です。そんな綿には以下のような特徴があります。
  • 主にキリムの縦糸として使われる
  • 純白の色を演出したい部分に使われる
  • 長年使用しても、クリーム色や象牙色に変色しにくい
綿は縦糸に使われることが多く、フサの部分を除いて表面上に現れにくいため、綿が使われていることに気付かないことがしばしばあります。また純白であり変色しにくいという特徴があるため、白い模様を演出したい時に横糸として使われることもあります。

シルク (Silk)


シルク

シルクはペルシア絨毯などの素材としては非常にポピュラーですが、キリムの場合は希少な素材であると言えます。そんなシルクには以下のような特徴があります。
  • 輝かしい光沢がある
  • 非常に柔らかく、なめらかな手触りである
  • 高級な素材である
  • 素材としての歴史は浅く、50〜60年ほどしかない
シルクはその光沢が最大の魅力ですが、この命とも言うべき光沢が使われていく過程で徐々になくなってしまうという最大の欠点があります。これは使い続けることで、シルクの繊維がキズつき光を反射しなくなるためです。

なお余談ですが、シルクを珍重するのは(特にペルシア絨毯の場合)日本人くらいであり、インテリアの最先端を走る欧米ではウールの方が圧倒的に人気があります。その理由は、ウールの場合長年使われていくことで色合いに深みが生まれ、また柔らかくなるためです。つまりよりよくなるからなのです。

そのためイランなどでは日本人がなぜこれほどまでにシルクにこだわったり、ありがたがったりするのか判らないと思われています。ちなみに世界の博物館に所有されているペルシア絨毯のほとんどがウールのものです。

馬毛 (Horse Hair)


馬

馬のタテガミと尻尾の部分の毛が、キリムの素材として使われます。砂漠地帯では馬よりも少量の水で生き抜くことのできるラクダが用いられていため、イランやトルコでキリムに使われた素材ではありません。馬を利用していたウズベキスタン・カザクフ・アフガニスタンなどのキリムの縦糸として使われていました。馬の毛もヤギやラクダの毛と同じく、大変希少性の高い素材です。

ヤギ毛 (Goat Hair)

 
ヤギ

ヤギの毛のキリムは非常に珍しく、キリムをよく知るマニアの方でさえも、縦糸・横糸ともにヤギの毛が使われたキリムの実物をご覧になった経験のある方は大変少ないです。そんなヤギの毛には以下のような特徴があります。
  • 長く・硬質である
  • 手触り感がザラザラしており、麻のようである
  • 糸に紡ぐのが非常に難しい
上記の特徴のうち特に注目すべきは、”糸に紡ぐのが難しい”という点です。手で紡いで糸にするには技術が必要とされます。残念なことに、現在ではヤギの毛を糸に紡げる人が少なくなってしまっています。

また、ヤギは本来乳を搾取することを目的として飼育されていたため、毛を刈り取ることを目的として飼われていた羊に比べ、その絶対数は羊よりもはるかに少なかったのです。

このような背景から、ヤギ毛がキリムに使われることは非常に珍しく、大変希少価値の高い素材であると言えます。

ラクダ毛 (Camel Hair)

 
ラクダ
 
ラクダの毛のキリムは珍しく、キリムをよく知るマニアの方でさえも、縦糸・横糸ともにラクダの毛が使われたキリムの実物をご覧になった経験のある方は少ないです。そんなラクダの毛には以下のような特徴があります。
  • ウールよりもさらに保温性に優れている
  • 糸に紡ぐのが大変難しい
  • 色染めせず、原毛の色のまま使われることが多い
  • 大変希少価値の高い素材である。
ラクダの毛は茶色ですが、毛の生えている体の部位によって、その濃淡は異なります。この天然の濃淡が糸にし織物にした際、素晴らしい色のグラデーションを生み出すのです。ラクダは本来毛を刈り取るためではなく、運搬用として飼育されていたため、羊に比べてその絶対数は少なかったのです。ですからラクダの毛は希少だったのです。

またラクダの毛は糸に紡ぐことが難しく、糸にするには熟練の技が必要とされ、誰にでもできるわけではありませんでした。このような背景からラクダ毛のキリムは大変貴重価値が高く、現在ではほとんど目にすることがありません。

ウール (Wool)


羊


ここで言うウールとは羊の毛のことです(人によってはラクダの毛など動物の毛全般をウールと呼ぶこともありますが、ここでは羊の毛のみに焦点を当てます)。ウールは最も一般的に使われている素材です。それは・・・
  • 安価で大量に入手できる
  • 保温性に優れている
  • 染めやすい
  • 柔らかく、糸に紡ぎやすい
  • 高い油脂成分を含んでいるため、毛にツヤがある
など優れた利点が多いことに起因しています。ちなみに羊は元々野生の動物であり、人類が家畜化することに成功した最初の動物であると言われています。なお野生の頃の羊の毛は糸に紡ぐのに適していませんでしたが、家畜化し餌を人間の手で与え、交配を行ったことで毛質は向上し、糸にするのに最適な質に変化したと言われています。

キリムの素材

 
キリムに使われる素材には様々なものがあります。一般的に最もポピュラーなキリムの素材は、ウール(羊毛)ですが、これ以外にもあります。あまり知られていない、あるいは実物が少ないラクダ毛、ヤギ毛、馬毛、シルク、綿などが挙げられます。このページではそれぞれの素材の特徴をご紹介します。

キリムの産地と部族名


キリムは織られた産地の名称や、織り上げた部族名あるいは技法などで呼ばれる場合がほどんどです(ペルシア絨毯の場合は製作した工房名で呼ばれたりもします)。セネキリム(イランのセネ地方のキリム)、バルーチキリム(バルーチ族の織ったキリム)、スーマックキリム(スーマックという技法が用いられたキリム)などがその例です。

 
そこで、このページではキリムの産地や織り上げた部族名を取り上げていきたいと思います。それぞれの名称の横に”=”マークで地名か部族名、もしくは両方を記載しています。この理由は、その名称が地名・部族名・その両方のうちのどれに由来するかをご紹介するためです。
 
まずはイラン(ペルシア)のキリムを取り上げ、後日その他の国(トルコやアフガニスタンなど)についてもご紹介する予定です。なおご注意いただきたい点があります。それはこのページで取り上げる例が全てではないということです。キリムの種類は細かいものまで合わせると膨大な数にのぼり、全てを網羅することは事実上不可能に近いためです。

砂漠の民 (Bedouin)

 
砂漠の民(Bedouin:ベドウィン)はラクダを使って輸送業務(宅配便のようなもの)を生業としていた人々です。また羊などの放牧も行っていたこともあるようです。一般的に遊牧民と同義で取り扱われることが多いですが、ラクダによる運搬業務を行い砂漠上で移動・生活していたため、牧草地を移動・生活していた遊牧民とは違った生活様式であることから、ここではベドウィンと遊牧民を区別することにしました。ベドウィンのキリムの特徴には以下のようなものがあります。
  • 家族内で使うことを目的として織り上げていた
  • 個性的であるため、非常に面白いものが多かった
  • 手紡ぎの糸を使用していた

ベドウィンのキリムの特性は、遊牧民のそれと非常に似ています。そして世界中のコレクターを魅了している点でも共通しています。しかし残念なことに、このベドウィンの生活をしている人々が現在ではほとんどゼロになってしまっているのです。理由は輸送手段の発達(トラックや飛行機など)により、ラクダを使った輸送というものが採算が合わなくなってしまったからなのです。
 
ベドウィン 砂漠とベドウィンの男性


ですから、純粋なベドウィンのキリムは他の3種類(都市や村の定住者、遊牧民、半定住・半遊牧民などのキリム)に比べ、圧倒的に数が少ないのです。その希少価値の上がり方は尋常ではなく、多くのコレクターが探し出し、見つけることに躍起になっているほどです。

半定住・半遊牧民 (Semi-Nomad)


半定住・半遊牧民達とは、通常は村に定住していますが、家畜である羊の体力消耗と毛の質の低下を避けるため、夏の暑い季節のみ羊を山岳地帯に移し、その地に短期定住する人々のことを指します。

 
町とテント
町とテントの風景

そのため専門化の間では、半定住・半遊牧民を村の住人と位置づけられる場合もあります。半定住・半遊牧民は遊牧民に比べ、移動する距離や時間も短いことから正確には遊牧民とは呼べません。半定住・半遊牧民のキリムには以下のような特徴があります。
  • かつては家族内で使うことを目的として織り上げていたが、現在では販売目的で織るケースがほとんどである
  • かつては基本的に自然のものだけを利用していたが、現在では簡単に使える化学染料などを用いるケースがほとんどである
  • かつては個性的であるため非常に面白いものが多かったが、現在は売りやすい柄(売れ筋の柄)が多く、ほとんどが似たり寄ったりである
  • かつては村の恒例行事として共同で一つのペルシア絨毯やキリムを織るという風習もあった
  • かつては糸を手で紡いでいたが、現在では機械で糸を紡ぎ使用しているケースがほとんどである

過去に比べて質の面で最も激変したのが、この半定住・半遊牧民(村の住人)のキリムです。かつて彼らの主たる収入源は農作物でした。しかしキリムが世界各国で注目を集めるようになり、市場で高値で取引されることを知った彼らはキリムを重要な収入源と考えるようになり、売る目的で織り始めたのです。
 
また利益優先のために手間の掛からない化学染料や機械紡ぎの糸まで利用し始めたのです。その結果、品質は急激に落ちてしまうという残念な結果を招いてしまったのです。利益を目的にするということは、これほどまでに大きな弊害を生んでしまうのです。
 
かつては丁寧に作られていた日本酒も、工業化で利益最優先に走った結果品質が下落したことも同じ例ではないでしょうか。本当に残念なことです。

ちなみに半定住・半遊牧民のキリムは特にトルコに多く存在しています。トルコは地政学上、砂漠のような場所は存在しますが、完全な砂漠は存在しないため、イランの遊牧民のような本格的な遊牧の生活をする必要がなかったためです。なぜなら遊牧をせずとも、羊やヤギのエサとなる草木が至るところに生えているからです。彼らは夏の暑い時期だけ狭い範囲内で移動していただけなのです。

遊牧民 (Nomad)

 

家畜として羊を飼育し、羊の餌となる草を求めて移動しながらの生活をしている人々です。遊牧民はウールを売ることが生業でしたので、大量の羊を飼育していました。移動しながらの生活となるのは、草の生える時期が季節と場所によって変わり、一地域で放牧できる状態ではないためです。基本的に冬の時期は南側で、夏の時期は北側でテントでの生活していました。彼らは家族単位または部族単位で移動していたのです。

 

遊牧民1

 移動生活をする遊牧民カシュガイ族

 

遊牧民の織るキリムには以下のような特徴があります。

  • 家庭内で使うことを目的として織り上げていたため愛情が込められている
  • 材料は基本的に自然のものを利用していた(草木染)、また手で紡いだ糸を利用していた
  • 女性が織っており、嫁入り道具としても使われていた
  • 幅が狭く縦長である

 

特筆すべきはやはり販売を目的としていない点です。利益を優先する必要がないため、売らなければならないという強迫性がありません。ですから、自分達の好きなようにキリムを織ることが出来たのであり、どれもが実に個性的です。

 

そしてキリムに織り上げられた模様も多種多様であり、一つ一つの模様がなにをモチーフにしているのかを解明することが不可能です。逆に言うと、販売用に織られたキリムに用いられた模様はある程度のモチーフの解明はできます。なぜなら、販売用のキリムの模様にはある程度のパターンが存在するためです。

 

遊牧民は様々な地域を移動することができたため、それぞれの地域にある自然の原料を用いて糸を染めることが可能であったことから、バラエティーに富んだ色使いがされているのも特徴です。

 

自然の原料で染められたその色合いはとても味わいがあり、現在では世界各国のマニア達が血眼になって探しています、というのも現在このような本当に味のあるキリムが少なくなっているためです。多くの遊牧民が“遊牧で羊を飼う”という生活をやめ、都市に定住するようになってしまったことが一番の理由です。

 

その結果、遊牧民の間で受け継がれてきた母が娘に糸の染め・紡ぎ方や織り方を教え、娘が自分で織り上げたペルシア絨毯やキリムを嫁入り道具として持参するという文化も衰退してしまったのです。長年の間受け継がれてきた、このような素晴らしい伝統文化が廃れていくのは本当に残念でなりません。

 

最後に遊牧民のキリムが幅が狭く縦長であることについて触れたいと思います。遊牧民は移動生活をしている関係上、立派な備え付けの織り機ではなく、質素な簡易式のものを使用していました。この簡易式の織り機では幅の広いキリムを織ることができないため、どうしても幅が狭く縦長のものしか織れないのです。

 

簡易式の織り機
簡易式の織り機でキリムを織る女性

 

のため横幅のあるキリムが必要な時は、この縦長のキリムをつなぎあわせたのです。ですから継ぎ目がなく、横幅に広いキリムはまず間違いなく、都市定住者によって織られたキリムであると言えます。

都市や村の定住者 (Hadari)

 

都市や村に定住していた人達もキリムを織り上げていました。ちなみにペルシア絨毯などを製作していた工房などもキリムを製作していたのです。このキリムの特徴には以下のようなものがあります。

  • 販売を目的として織られているものが多い
  • 草木染よりも化学染料染のものが圧倒的に多い
  • 糸は手紡ぎではなく、ほとんどが機械紡ぎが多い
  • 横幅に広い

などが挙げられます。特筆すべきは、現在は販売を目的として織られているという点と化学染料染が圧倒的に多いという点です。彼らにとって、キリムは利益を得るための商売道具であるのです。そのため利益を優先することが第一となってしまっています。

 

定住者の織り機

定住者がキリムを織っている風景

 

利益を出来る上げるためには、当然コストを極力下げる必要が出てきますので、安価な化学染料を使うという結果になってしまっているのです。もちろん草木こそが本物だとこだわりをもっているいる人々もいますが、非常に少ないのが現状です。


ちなみに現在日本だけでなく、世界の市場にもっとも多く流通しているキリムは、この定住型のものです。

キリムの作者達

 
キリムを織る人々は、工房にいる職人そして遊牧民の2種類の人々のみであると認識している方が非常に多いです。しかし、このような人々以外にも織る人は存在しています。ここではキリムを織る人々について紹介していきます。

キリムの年代別呼称


キリムの世界では、製作されてからの年月によってその呼称が変化します。それぞれの呼称と各年月は以下の通りです。
ニュー (New)・・・・・・・・・・・・・・・・製作後20年未満のもの
セミ・オールド (Semi Old)・・・・・・製作後20年以上50年未満のもの
オールド (Old)・・・・・・・・・・・・・・・製作後50年以上100年未満のもの
アンティーク(Antique)・・・・・・・・・製作後100年超のもの

キリム業者によっては、製作後50年超のものをアンティークとして取り扱っているところもありますが、一般的な指標は上記のようになっています。この年代別の呼称は非常に重要視されています。その理由は古いものであるほど、その価値(価格)が高くなるためなのです。古いものほど価値が上がる理由としては以下のものが挙げられます。

色合いに深みが生まれるため
キリムは使い続けることにより、色がだんだんと抜けてきます(色の退色)。退色によって生まれた色合いは、染めた段階では決して出せる色ではないことから(時間が経過しないと出ない色合いであるということです)、価値がアップするのです。しかし注意しておくべきことは、これは草木染のものであることが絶対条件であるという点です。化学染料も退色はしますが、その色合いは悪く、お世辞にもよいとは言えません(詳細は染めの項目をご参照ください)。

柔らかさが増すため
キリムは使い続けられることにより、柔らかさが増してきます。特に羊毛・ヤギ毛・ラクダ毛の場合はその違いが顕著です(シルクは元々柔らかいため、柔らかさという点では変化はありません)。

なお留意しておくべき点は、年代が古ければ価値が上がるということが、全てのキリムに当てはまるというわけではないということです。
 

ちなみに年代の判別方法については、簡単にかつ科学的に証明する方法は存在しません(大掛かりな装置を使う方法は存在します)。現状年代の判別は、色の退色度合いや柔らかさなどを元に、キリムディーラーの経験と知識による場合がほとんどです。そのため、見解が分かれる場合も多々あります。なお工房もののキリムについては、工房側が製作年(製造年月日)を記録している場合は例外です(しかし、現地の工房の中には製作年はおろか、染めに関しても詐称をするところもあるため、完全に信用できるとはいえないのが現状ですが・・・)

キリムの仲間達


キリムは多くの方がご存知のとおり手織りの織物です。手織物というと多くの日本人の方が真っ先に思い浮かべるのは、ペルシア絨毯ではないでしょうか。ところが実は様々な国にこの手織物は存在しているのです。ここでは、その一部を簡単にご紹介したいと思います。




【アメリカ大陸】
北米: インディアンのナバホ族によって織られたとされる敷き物や毛布
メキシコ: サラペ(Sarape)と呼ばれる毛布やカバー
その他、ペルー、ボリビア、エクアドルなどにも手織物が存在しています。

ナバホ族1

ナバホ族の子供とキリムに似た織物

サラペ1

サラペの模様

 


【ヨーロッパ大陸】
リャ1スカンジナビア半島、ポーランド、ルーマニア、ハンガリー、ギリシャなどに手織物が存在しました。ヨーロッパでは永年の間に敷き物を織るという文化が確立していましたが、平織りの慣習については北アフリカや中西部のアジアの遊牧民、また山間の村の住人を起源にしていると言われています。また、その他の東ヨーロッパの国々にも手織物が存在していました。(右写真:スカンジナビア半島の織物Rya)
  
 
 
 



【アジア大陸】
トルコ: キリム(Kilim)やトルコ絨毯
コーカサス地方: パラス(Palas)
イラン(旧ペルシア帝国): ペルシア絨毯、キリム(現地ではGelimと表記します。
アフガニスタン: アフガニスタン絨毯、キリム(現地ではKelimと表記します)
日本: 鍋島段通、裂織(さきおり)
中国: 中国段通など
その他、東南アジアなどにも手織物が多数存在しています。

 

キリム1

ペルシャ(ペルシア)キリム

トルコ絨毯1

トルコ絨毯

 

 

【アフリカ大陸】
モロッコ: ハンベル(Hanbel)

 


上記以外にも様々な手織物が多数存在しています。

キリムの起源


世界各国で様々な絨毯やキリムの遺産が発見されています。その中でも特に代表的なものを取り上げてみたいと思います。

 

 

パジリク (Pazyryk)

パジリク1

パジリク遺跡で発見された最古のパイル結び絨毯 


南シベリアのアルタイ地方に存在する遺跡です。この遺跡からパイル結びの絨毯や平織りの織物などに加えて、土器や皮革など様々なものが発見されました。永久凍土の中に棺があり、その中から発見されたため絨毯はほぼ完璧な状態で発見されたのです。現存する最古の絨毯であると言われています。

 


 フスタート (Fostat)
 
フスタート1 当時のフスタートの様子
 
エジプトの首都カイロ内にある場所で、この地から紀元後7〜11世紀頃のものと思われる織物が数千点発見されています。
 



フリギア (Phrygia)

 フリギア1 当時のフリギア人の様子 


トルコ西部の地方にある場所で、この地から紀元前7世紀頃と思われるものが発見されました。しかし残念ながら、かなり朽ち果てた状態だったのです。そのため、はっきりとはわかりませんが、状態から判断する限り、発見されたものが、かつては平織りの絨毯(キリム)であったと推定されています。パジリクのものよりも以前のものですが状態が悪いため、パジリクのものが最古の絨毯として扱われています。

 


ドラク (Dorak)村

 イズミル1 現在のイズミル遺跡 


トルコ西部の都市イズミルにある遺跡です。平織りの絨毯(キリム)だけでなく、織物を作るための道具(織り機など)も発見されたことが特筆すべき点です。

 

 
 上記以外にも様々な地域で絨毯やキリムなど織物の遺産が多数発見されています。ちなみに織物や織りに使われた道具は保存状態が悪ければ、比較的短期間のうちに色あせ・ボロボロになってしまいます。ですから、パジリクで発見された絨毯は、ほぼ完全な状態であったことは奇跡であり、学術的にも非常に高い注目を集めています。

キリムとは

 

キリム1平織りの織物で、絨毯のように毛足がなく、薄く平たいものを指します。ちなみにキリム=Kilimとはトルコ語であり、コーカサス地方では、イランではGelim、アフガニスタンではKelimと呼ばれています。


全て同じ平織りのものですが、トルコ語のキリムが一般的に普及しているため、現在では平織りのものを産地に関係なく、総称してキリムと日本では呼ばれています。(右写真:古にイランの遊牧民カシュガイ族によって織られた秀逸のキリム)

 

パジリクの遺跡から発見された遺産を見てもわかるとおり、キリムの歴史は大変古く様々な場所で使われてきました。しかし、このキリムは永年の間、陽の目を見ることはなかったのです。


工房で織られた豪華絢爛なペルシア絨毯は、王族・政治家などの富裕層に持てはやされた一方で、キリムは元々貧しい人々の使うものということで、蔑まれてきたためです。


そんなキリムが脚光を浴び始めたのは、1950年もしくは60年代に入ってからです。最初に注目したのはヨーロッパの織物の専門家・イスラム美術の研究者達でした。


彼らがその素晴らしさを発見し、インテリアに生かせる素晴らしいアイテムであるとして、ヨーロッパのインテリア市場に持ち帰り、人気が爆発したのです。礼拝堂でのお祈り

 

キリムがよく売れるとの評判がその後市場に吹き荒れ、それに伴い悲劇も生まれました。昔に織られた俗に言う、アンティークやオールドのキリムは悪徳業者の標的になってしまったのです。

 

熱心なイスラム教の信者達が真心を込めて織り上げ、教会に寄付した文化的遺産価値の高いキリムは、質が悪くとても文化価値があるとは言えない安物のキリムへと、モラルのない業者によって交換され市場で高く売り飛ばされたのです。また人身売買を金銭ではなく、このキリムと交換したというような悲しい話もあったほどです。(上部絵:礼拝堂でお祈りする少女達の風景)


近年輸送手段とメディアのさらなる発展により、キリムはヨーロッパだけでなく、世界各国に広く普及していきました。このような背景から、本当に価値のあるアンティークやオールドのキリムは、一気に姿を消してしまったのです。


ちなみに日本キリムが紹介され始めたのは、1980年代頃からと言われています。最も多く日本に入っているキリムはトルコ産のもので、次いでイラン(ペルシア)産のものとなっています。


アフガニスタン産のキリムは少なく、ロシア産のキリムはそれよりもさらに少なく、ほとんど幻に近い状態です。