キリムの産地と部族名


キリムは織られた産地の名称や、織り上げた部族名あるいは技法などで呼ばれる場合がほどんどです(ペルシア絨毯の場合は製作した工房名で呼ばれたりもします)。セネキリム(イランのセネ地方のキリム)、バルーチキリム(バルーチ族の織ったキリム)、スーマックキリム(スーマックという技法が用いられたキリム)などがその例です。

 
そこで、このページではキリムの産地や織り上げた部族名を取り上げていきたいと思います。それぞれの名称の横に”=”マークで地名か部族名、もしくは両方を記載しています。この理由は、その名称が地名・部族名・その両方のうちのどれに由来するかをご紹介するためです。
 
まずはイラン(ペルシア)のキリムを取り上げ、後日その他の国(トルコやアフガニスタンなど)についてもご紹介する予定です。なおご注意いただきたい点があります。それはこのページで取り上げる例が全てではないということです。キリムの種類は細かいものまで合わせると膨大な数にのぼり、全てを網羅することは事実上不可能に近いためです。

砂漠の民 (Bedouin)

 
砂漠の民(Bedouin:ベドウィン)はラクダを使って輸送業務(宅配便のようなもの)を生業としていた人々です。また羊などの放牧も行っていたこともあるようです。一般的に遊牧民と同義で取り扱われることが多いですが、ラクダによる運搬業務を行い砂漠上で移動・生活していたため、牧草地を移動・生活していた遊牧民とは違った生活様式であることから、ここではベドウィンと遊牧民を区別することにしました。ベドウィンのキリムの特徴には以下のようなものがあります。
  • 家族内で使うことを目的として織り上げていた
  • 個性的であるため、非常に面白いものが多かった
  • 手紡ぎの糸を使用していた

ベドウィンのキリムの特性は、遊牧民のそれと非常に似ています。そして世界中のコレクターを魅了している点でも共通しています。しかし残念なことに、このベドウィンの生活をしている人々が現在ではほとんどゼロになってしまっているのです。理由は輸送手段の発達(トラックや飛行機など)により、ラクダを使った輸送というものが採算が合わなくなってしまったからなのです。
 
ベドウィン 砂漠とベドウィンの男性


ですから、純粋なベドウィンのキリムは他の3種類(都市や村の定住者、遊牧民、半定住・半遊牧民などのキリム)に比べ、圧倒的に数が少ないのです。その希少価値の上がり方は尋常ではなく、多くのコレクターが探し出し、見つけることに躍起になっているほどです。

半定住・半遊牧民 (Semi-Nomad)


半定住・半遊牧民達とは、通常は村に定住していますが、家畜である羊の体力消耗と毛の質の低下を避けるため、夏の暑い季節のみ羊を山岳地帯に移し、その地に短期定住する人々のことを指します。

 
町とテント
町とテントの風景

そのため専門化の間では、半定住・半遊牧民を村の住人と位置づけられる場合もあります。半定住・半遊牧民は遊牧民に比べ、移動する距離や時間も短いことから正確には遊牧民とは呼べません。半定住・半遊牧民のキリムには以下のような特徴があります。
  • かつては家族内で使うことを目的として織り上げていたが、現在では販売目的で織るケースがほとんどである
  • かつては基本的に自然のものだけを利用していたが、現在では簡単に使える化学染料などを用いるケースがほとんどである
  • かつては個性的であるため非常に面白いものが多かったが、現在は売りやすい柄(売れ筋の柄)が多く、ほとんどが似たり寄ったりである
  • かつては村の恒例行事として共同で一つのペルシア絨毯やキリムを織るという風習もあった
  • かつては糸を手で紡いでいたが、現在では機械で糸を紡ぎ使用しているケースがほとんどである

過去に比べて質の面で最も激変したのが、この半定住・半遊牧民(村の住人)のキリムです。かつて彼らの主たる収入源は農作物でした。しかしキリムが世界各国で注目を集めるようになり、市場で高値で取引されることを知った彼らはキリムを重要な収入源と考えるようになり、売る目的で織り始めたのです。
 
また利益優先のために手間の掛からない化学染料や機械紡ぎの糸まで利用し始めたのです。その結果、品質は急激に落ちてしまうという残念な結果を招いてしまったのです。利益を目的にするということは、これほどまでに大きな弊害を生んでしまうのです。
 
かつては丁寧に作られていた日本酒も、工業化で利益最優先に走った結果品質が下落したことも同じ例ではないでしょうか。本当に残念なことです。

ちなみに半定住・半遊牧民のキリムは特にトルコに多く存在しています。トルコは地政学上、砂漠のような場所は存在しますが、完全な砂漠は存在しないため、イランの遊牧民のような本格的な遊牧の生活をする必要がなかったためです。なぜなら遊牧をせずとも、羊やヤギのエサとなる草木が至るところに生えているからです。彼らは夏の暑い時期だけ狭い範囲内で移動していただけなのです。

遊牧民 (Nomad)

 

家畜として羊を飼育し、羊の餌となる草を求めて移動しながらの生活をしている人々です。遊牧民はウールを売ることが生業でしたので、大量の羊を飼育していました。移動しながらの生活となるのは、草の生える時期が季節と場所によって変わり、一地域で放牧できる状態ではないためです。基本的に冬の時期は南側で、夏の時期は北側でテントでの生活していました。彼らは家族単位または部族単位で移動していたのです。

 

遊牧民1

 移動生活をする遊牧民カシュガイ族

 

遊牧民の織るキリムには以下のような特徴があります。

  • 家庭内で使うことを目的として織り上げていたため愛情が込められている
  • 材料は基本的に自然のものを利用していた(草木染)、また手で紡いだ糸を利用していた
  • 女性が織っており、嫁入り道具としても使われていた
  • 幅が狭く縦長である

 

特筆すべきはやはり販売を目的としていない点です。利益を優先する必要がないため、売らなければならないという強迫性がありません。ですから、自分達の好きなようにキリムを織ることが出来たのであり、どれもが実に個性的です。

 

そしてキリムに織り上げられた模様も多種多様であり、一つ一つの模様がなにをモチーフにしているのかを解明することが不可能です。逆に言うと、販売用に織られたキリムに用いられた模様はある程度のモチーフの解明はできます。なぜなら、販売用のキリムの模様にはある程度のパターンが存在するためです。

 

遊牧民は様々な地域を移動することができたため、それぞれの地域にある自然の原料を用いて糸を染めることが可能であったことから、バラエティーに富んだ色使いがされているのも特徴です。

 

自然の原料で染められたその色合いはとても味わいがあり、現在では世界各国のマニア達が血眼になって探しています、というのも現在このような本当に味のあるキリムが少なくなっているためです。多くの遊牧民が“遊牧で羊を飼う”という生活をやめ、都市に定住するようになってしまったことが一番の理由です。

 

その結果、遊牧民の間で受け継がれてきた母が娘に糸の染め・紡ぎ方や織り方を教え、娘が自分で織り上げたペルシア絨毯やキリムを嫁入り道具として持参するという文化も衰退してしまったのです。長年の間受け継がれてきた、このような素晴らしい伝統文化が廃れていくのは本当に残念でなりません。

 

最後に遊牧民のキリムが幅が狭く縦長であることについて触れたいと思います。遊牧民は移動生活をしている関係上、立派な備え付けの織り機ではなく、質素な簡易式のものを使用していました。この簡易式の織り機では幅の広いキリムを織ることができないため、どうしても幅が狭く縦長のものしか織れないのです。

 

簡易式の織り機
簡易式の織り機でキリムを織る女性

 

のため横幅のあるキリムが必要な時は、この縦長のキリムをつなぎあわせたのです。ですから継ぎ目がなく、横幅に広いキリムはまず間違いなく、都市定住者によって織られたキリムであると言えます。

都市や村の定住者 (Hadari)

 

都市や村に定住していた人達もキリムを織り上げていました。ちなみにペルシア絨毯などを製作していた工房などもキリムを製作していたのです。このキリムの特徴には以下のようなものがあります。

  • 販売を目的として織られているものが多い
  • 草木染よりも化学染料染のものが圧倒的に多い
  • 糸は手紡ぎではなく、ほとんどが機械紡ぎが多い
  • 横幅に広い

などが挙げられます。特筆すべきは、現在は販売を目的として織られているという点と化学染料染が圧倒的に多いという点です。彼らにとって、キリムは利益を得るための商売道具であるのです。そのため利益を優先することが第一となってしまっています。

 

定住者の織り機

定住者がキリムを織っている風景

 

利益を出来る上げるためには、当然コストを極力下げる必要が出てきますので、安価な化学染料を使うという結果になってしまっているのです。もちろん草木こそが本物だとこだわりをもっているいる人々もいますが、非常に少ないのが現状です。


ちなみに現在日本だけでなく、世界の市場にもっとも多く流通しているキリムは、この定住型のものです。

キリムの作者達

 
キリムを織る人々は、工房にいる職人そして遊牧民の2種類の人々のみであると認識している方が非常に多いです。しかし、このような人々以外にも織る人は存在しています。ここではキリムを織る人々について紹介していきます。

キリムの年代別呼称


キリムの世界では、製作されてからの年月によってその呼称が変化します。それぞれの呼称と各年月は以下の通りです。
ニュー (New)・・・・・・・・・・・・・・・・製作後20年未満のもの
セミ・オールド (Semi Old)・・・・・・製作後20年以上50年未満のもの
オールド (Old)・・・・・・・・・・・・・・・製作後50年以上100年未満のもの
アンティーク(Antique)・・・・・・・・・製作後100年超のもの

キリム業者によっては、製作後50年超のものをアンティークとして取り扱っているところもありますが、一般的な指標は上記のようになっています。この年代別の呼称は非常に重要視されています。その理由は古いものであるほど、その価値(価格)が高くなるためなのです。古いものほど価値が上がる理由としては以下のものが挙げられます。

色合いに深みが生まれるため
キリムは使い続けることにより、色がだんだんと抜けてきます(色の退色)。退色によって生まれた色合いは、染めた段階では決して出せる色ではないことから(時間が経過しないと出ない色合いであるということです)、価値がアップするのです。しかし注意しておくべきことは、これは草木染のものであることが絶対条件であるという点です。化学染料も退色はしますが、その色合いは悪く、お世辞にもよいとは言えません(詳細は染めの項目をご参照ください)。

柔らかさが増すため
キリムは使い続けられることにより、柔らかさが増してきます。特に羊毛・ヤギ毛・ラクダ毛の場合はその違いが顕著です(シルクは元々柔らかいため、柔らかさという点では変化はありません)。

なお留意しておくべき点は、年代が古ければ価値が上がるということが、全てのキリムに当てはまるというわけではないということです。
 

ちなみに年代の判別方法については、簡単にかつ科学的に証明する方法は存在しません(大掛かりな装置を使う方法は存在します)。現状年代の判別は、色の退色度合いや柔らかさなどを元に、キリムディーラーの経験と知識による場合がほとんどです。そのため、見解が分かれる場合も多々あります。なお工房もののキリムについては、工房側が製作年(製造年月日)を記録している場合は例外です(しかし、現地の工房の中には製作年はおろか、染めに関しても詐称をするところもあるため、完全に信用できるとはいえないのが現状ですが・・・)