化学染 (Chemical Dyes もしくは Synthetic Dyes)


化学を用いて人工的に生み出した色が化学染料で、この染料を用いて染める方法が化学染です。化学染料は1856年にイギリス人のウィリアム・ヘンリー・パーキン(William Henry Perkin)によって、コールタールから科学的に抽出したアニリンを使い、紫色を生み出したのが最初です。ですからこの時(1856年)以前の織物には、一切化学染のものは存在しないということになります。

 

 
【化学染の特徴】
化学染の主な特徴には以下のようなものがあります。
  • 一定の色に染めることができる
  • 安価である
  • 染めに技術を要しない
  • 短時間で染めることができる
  • 草木では出せない色(蛍光色など)を生み出すことができる
  • 年月を経るにつれて退色するが、汚らしい色になる
  • 草木染に比べ、きつく・明るすぎる色合いになり、見ていると疲れてくる
化学染料は、安価・簡単・短期間で染めることが出来るため、現在市場に出回っているキリムのほとんどにこの化学染料で染められた糸が使われています。明るい色合いや派手さから一目見た限りでは美しく思ってしまわれる方が多いのですが、化学染料のものは決してお勧めできません。

その理由は長く使っていくうちに、その色のきつさに疲れてしまい、嫌気がさしてくるためなのです。また化学染も草木染と同じく退色しますが、その際草木の退色とは違い、非常に汚らしい色合いになってしまうこともその理由です。

世界的に見ても草木染が圧倒的に支持されており、化学染料は所詮人間の生み出した幻想に過ぎず、天然のものにははるかに及びません。ちなみに化学染料が開発された当初は非常に高価なものでした。そのため、当時は逆に化学染のものが草木染のものより珍重されたのです。

しかし、技術の発達とともに化学染料の価格は下がり、生産コスト面から言うと草木染とついに逆転してしまったのです(草木染は天然の素材を原料としているため原材料はほとんどゼロですが、手間が掛かることと、染めの技術を有する熟練者が必要であることから、逆にコストが高くなってしまったのです)。

草木染 (Natural Dyes)

 

植物・昆虫・貝殻・鉱石など、自然に存在するものを染料とした染めの技法のことを指します。草木染の歴史は古く、紀元前25世紀頃には既に用いられていたことが、エジプトの古代の墓を発掘調査した結果から判明しています。ここでは、

  • 草木染の特徴
  • 草木染の技法
  • 草木染の原料
  • 草木染の象徴であるアブラッシュ(Abrash)

についてご紹介していきたいと思います。

 


 

【草木染の特徴】

草木染の主な特徴には以下のようなものがあります。

  • 色の精製方法は個人が持つ秘伝である
  • 同じ原料・同じ手法を用いても、同じ色が出来上がるわけではない
  • 染めに技量が必要とされる上に手間が掛かる
  • 後染めの場合、アブラッシュと呼ばれる自然の色のグラデーションが自然発生する
  • 年月を経るにつれて退色することにより、染た段階では出せない素晴らしい色合いが生まれる

草木染は全体的に化学染料に比べて、本質的により柔らかくまた優しい色合いになります。自然の原料の持つ色には、単一の色素だけでなくその他の色んな色素が含まれていることがその要因です。例えば自然の赤には青や黄も含まれています。そのため、化学染料のように赤の色素しか持たない赤とは大きく違ってくるのです。


草木染の素晴らしさは誰もが認めるところであり、昔は草木染のキリムがほとんどでした。しかし、昨今草木染のキリムはほとんどなく、今では化学染料が市場を席巻してしまっています。理由は化学の方が簡単に利用することができるうえ、手間が掛からずまた技量を持った人も必要としないため、コストを削減するにはうってつけだからです。

ちなみに草木染をする際、自分の好みの色を出すために神にお祈りの儀式までする人もいるほどですから、草木染は難しくまた尊いものであったと言えます(注:現在トルコでは草木染を見直すため復興プロジェクトが進んでいますが、それでも化学染料が大半です)

これは余談ですが、100%天然の原料でキリムを織り上げることを良しとしない人達が一部に存在し、彼らはキリムの一部に化学染料を意図的に用いるのです。これは化学染料を用いることで、完璧を避け神に及ばないようにする(つまり100%天然のものを生み出せるのは神のみである)と彼らは考えているためです。

 


 

【草木染の技法】

草木染の技法は大きく分けて3つの種類に分けられます。草木染には触媒を必ず加えると思っておられる方が多数いますが、実はそうではないのです。そこでここでは、その3つの技法それぞれについてご説明したいと思います。

触媒染 (Mordant Dyes)

触媒を加える方法で、草木染の大半にこの方法が用いられています。染めの原料自体は水に溶けるのですが、原料に含まれている色素自体は有機物で出来ているため、水に溶けません。触媒にはこの有機物を水に溶かし、色素を色の繊維まで浸透させる効力があるため、用いられているのです。触媒の中でも一般的に知られているものの一つであるミョウバンは、明るい色に仕上げるという効果も持ち合わせています。

 

建染 (Vat Dyes)

発酵を利用した方法で、藍にこの方法が用いられています。アルカリ性溶液を入れた甕(かめ)の中に藍を入れ密封し、熟成させることで染める方法ですが、注意すべきはこの溶液に漬けただけで青く染まるのではないという点です。糸は一旦溶液から取り出した後、空気に触れさせることで初めて青く染まるのです。

 

直接染 (Direct Dyes)

その名のとおり、触媒を一切用いず繊維を直接染める方法です。クルミの葉や殻を原料とする際、この方法が用いられます。


 

【草木染の原料】

染めに使われる原料は豊富です。そのうちの代表的なものを以下にご紹介します。

アカネ、コチニール、ラック、ケルメスナラ、紅花、ケシ、さくらんぼの皮、バラの根、チューリップの花びら、ナツメ、ザクロなど

藍(イランでは非常に高価な原料)、ナスなど

タカトウダイ属の植物、たまねぎの皮、クロウメモドキ、カミツレ、サフラン(イランでは安価な原料)、麻など

オレンジ

赤と黄を混ぜて作られる

紫および青紫

赤と青を混ぜて作られる

クルミの皮など

オークや漆など(これらには鉄分を有するタンニンが含まれているため)

 


 

【草木染の象徴であるアブラッシュ(Abrash)】

アブラッシュとは糸を染めた際に自然に現れる色ムラのことです。これは不良品ではなく、貴重な色のグラデーションとして高く評価されています。このアブラッシュは意図的に生み出すことは不可能であり、加えて以下の条件が揃わない限り発生しないのです。

  • 後染めであること
  • 手紡ぎの糸であること
  • 草木染であること

なお意図的にアブラッシュを作ろうとした場合はグラデーションにならず、縞模様になってしまう(要は失敗)ことがほとんどです。しかし、近年の化学染料の技術の発達により、人工的にこのアブラッシュを作り出すことが可能になったとの話もありますが、弊社では現在未確認です。

染めの工程

 

草木染の場合、染めの工程は先染め(Yarn Dyeing)と後染め(Piece Dyeing)の大きく2つに分けられます。先染めとは毛を糸に紡ぐ前に染める方法であり、後染めとは毛を糸に紡いだ後に染める方法です。キリムの場合は後染めを用いるケースがほとんどです。

キリムの糸の染色

 
キリムに使われる糸の染色方法は大きく分けて、”草木染”と化学染料染”という2つの方法が存在します。ここではまず染めの工程ついて、その後草木染と化学染料染のそれぞれの概要と特徴をご説明し、最後に草木染と化学染料染の見分け方についてご紹介したいと思います。

機械紡ぎ (Machine Spun)


機械紡ぎとは、その名の通り機械で糸を紡ぐ方法です。以下がその主な特徴です。
  • 糸の太さが一定になる
  • 紡ぐのに熟練の技術を必要としない
  • 手間と時間が掛からない
機械紡ぎの様子機械紡ぎは機械が行うわけですから、機械の操作方法さえわかれば誰にでもでき、かつ糸の太さが一定になるという特徴があります。そのため、糸を紡ぐ技術力のある人を必要とせず、また手間と時間が掛からないことから、生産コストを下げることができるのです。ですから、販売目的で作られたキリムには、この機械紡ぎの糸はうってつけなのです。

しかし、味わい深さやその趣は手紡ぎの糸にはるかにおよびません。そのため、世界中のキリムマニアはこぞって手紡ぎの糸で織られたキリムを探し求めているのです。(右は機械紡ぎの様子)

手紡ぎ (Hand Spun)


手紡ぎとは、その名の通り機械ではなく手で糸を紡ぐ方法です。以下がその主な特徴です。

  • 一本の糸の太さが一定にならず、太い部分と細い部分ができる
  • 誰にでもできるものではなく、熟練の技術が必要とされる
  • 手紡ぎの糸を草木で染めた際、素晴らしい色ムラ(アブラッシュ)が生まれる
  • 手間と時間が掛かる
手紡ぎの最大の特徴は、草木染を行った際アブラッシュと呼ばれる色ムラ(自然のグラデーション)が生まれることです。この色ムラがある糸が使われているかいないかで、キリムの価値は大きく変わります。なぜなら、この色ムラがあるということは手紡ぎの糸を草木染したという証となるからです。ですからアブラッシュはキリムの価値を判断する非常に重要な要因として扱われています(アブラッシュの詳細については、アブラッシュの項目をご参照ください)。
 
手紡ぎの様子
手で糸を紡ぐ女性

現在糸を手で紡ぐことは、手間が掛かること・熟練の技術が必要とされることからほとんどされなくなっています。今日、新しく織られているキリムのほとんどに使われている糸は機械紡ぎのものです。なお、オールド(製作から50年以上経過したものの称号)以上のキリムには手紡ぎの糸が使われているものが多いのです。

キリムの糸の紡ぎ方

 

キリムに使われる糸の紡ぎ方には、手紡ぎと機械紡ぎ(紡績)の大きく2つの種類が存在します。それぞれの特徴についてご説明します。

その他 (Others)

 

キリムには毛やシルクだけが使われるのではありません。それら以外にも用いられるものもあります。例えば金属・ビーズ・貝・コインなどです。これらはあくまでキリムの飾りや模様の一部(アクセント)として付け加えられます。

綿 (Cotton)


綿

綿は比較的キリムによく使われる素材です。そんな綿には以下のような特徴があります。
  • 主にキリムの縦糸として使われる
  • 純白の色を演出したい部分に使われる
  • 長年使用しても、クリーム色や象牙色に変色しにくい
綿は縦糸に使われることが多く、フサの部分を除いて表面上に現れにくいため、綿が使われていることに気付かないことがしばしばあります。また純白であり変色しにくいという特徴があるため、白い模様を演出したい時に横糸として使われることもあります。

シルク (Silk)


シルク

シルクはペルシア絨毯などの素材としては非常にポピュラーですが、キリムの場合は希少な素材であると言えます。そんなシルクには以下のような特徴があります。
  • 輝かしい光沢がある
  • 非常に柔らかく、なめらかな手触りである
  • 高級な素材である
  • 素材としての歴史は浅く、50〜60年ほどしかない
シルクはその光沢が最大の魅力ですが、この命とも言うべき光沢が使われていく過程で徐々になくなってしまうという最大の欠点があります。これは使い続けることで、シルクの繊維がキズつき光を反射しなくなるためです。

なお余談ですが、シルクを珍重するのは(特にペルシア絨毯の場合)日本人くらいであり、インテリアの最先端を走る欧米ではウールの方が圧倒的に人気があります。その理由は、ウールの場合長年使われていくことで色合いに深みが生まれ、また柔らかくなるためです。つまりよりよくなるからなのです。

そのためイランなどでは日本人がなぜこれほどまでにシルクにこだわったり、ありがたがったりするのか判らないと思われています。ちなみに世界の博物館に所有されているペルシア絨毯のほとんどがウールのものです。

馬毛 (Horse Hair)


馬

馬のタテガミと尻尾の部分の毛が、キリムの素材として使われます。砂漠地帯では馬よりも少量の水で生き抜くことのできるラクダが用いられていため、イランやトルコでキリムに使われた素材ではありません。馬を利用していたウズベキスタン・カザクフ・アフガニスタンなどのキリムの縦糸として使われていました。馬の毛もヤギやラクダの毛と同じく、大変希少性の高い素材です。

ヤギ毛 (Goat Hair)

 
ヤギ

ヤギの毛のキリムは非常に珍しく、キリムをよく知るマニアの方でさえも、縦糸・横糸ともにヤギの毛が使われたキリムの実物をご覧になった経験のある方は大変少ないです。そんなヤギの毛には以下のような特徴があります。
  • 長く・硬質である
  • 手触り感がザラザラしており、麻のようである
  • 糸に紡ぐのが非常に難しい
上記の特徴のうち特に注目すべきは、”糸に紡ぐのが難しい”という点です。手で紡いで糸にするには技術が必要とされます。残念なことに、現在ではヤギの毛を糸に紡げる人が少なくなってしまっています。

また、ヤギは本来乳を搾取することを目的として飼育されていたため、毛を刈り取ることを目的として飼われていた羊に比べ、その絶対数は羊よりもはるかに少なかったのです。

このような背景から、ヤギ毛がキリムに使われることは非常に珍しく、大変希少価値の高い素材であると言えます。

ラクダ毛 (Camel Hair)

 
ラクダ
 
ラクダの毛のキリムは珍しく、キリムをよく知るマニアの方でさえも、縦糸・横糸ともにラクダの毛が使われたキリムの実物をご覧になった経験のある方は少ないです。そんなラクダの毛には以下のような特徴があります。
  • ウールよりもさらに保温性に優れている
  • 糸に紡ぐのが大変難しい
  • 色染めせず、原毛の色のまま使われることが多い
  • 大変希少価値の高い素材である。
ラクダの毛は茶色ですが、毛の生えている体の部位によって、その濃淡は異なります。この天然の濃淡が糸にし織物にした際、素晴らしい色のグラデーションを生み出すのです。ラクダは本来毛を刈り取るためではなく、運搬用として飼育されていたため、羊に比べてその絶対数は少なかったのです。ですからラクダの毛は希少だったのです。

またラクダの毛は糸に紡ぐことが難しく、糸にするには熟練の技が必要とされ、誰にでもできるわけではありませんでした。このような背景からラクダ毛のキリムは大変貴重価値が高く、現在ではほとんど目にすることがありません。

ウール (Wool)


羊


ここで言うウールとは羊の毛のことです(人によってはラクダの毛など動物の毛全般をウールと呼ぶこともありますが、ここでは羊の毛のみに焦点を当てます)。ウールは最も一般的に使われている素材です。それは・・・
  • 安価で大量に入手できる
  • 保温性に優れている
  • 染めやすい
  • 柔らかく、糸に紡ぎやすい
  • 高い油脂成分を含んでいるため、毛にツヤがある
など優れた利点が多いことに起因しています。ちなみに羊は元々野生の動物であり、人類が家畜化することに成功した最初の動物であると言われています。なお野生の頃の羊の毛は糸に紡ぐのに適していませんでしたが、家畜化し餌を人間の手で与え、交配を行ったことで毛質は向上し、糸にするのに最適な質に変化したと言われています。

キリムの素材

 
キリムに使われる素材には様々なものがあります。一般的に最もポピュラーなキリムの素材は、ウール(羊毛)ですが、これ以外にもあります。あまり知られていない、あるいは実物が少ないラクダ毛、ヤギ毛、馬毛、シルク、綿などが挙げられます。このページではそれぞれの素材の特徴をご紹介します。