平織りの織物で、絨毯のように毛足がなく、薄く平たいものを指します。ちなみにキリム=Kilimとはトルコ語であり、コーカサス地方では、イランではGelim、アフガニスタンではKelimと呼ばれています。
全て同じ平織りのものですが、トルコ語のキリムが一般的に普及しているため、現在では平織りのものを産地に関係なく、総称してキリムと日本では呼ばれています。(右写真:古にイランの遊牧民カシュガイ族によって織られた秀逸のキリム)
パジリクの遺跡から発見された遺産を見てもわかるとおり、キリムの歴史は大変古く様々な場所で使われてきました。しかし、このキリムは永年の間、陽の目を見ることはなかったのです。
工房で織られた豪華絢爛なペルシア絨毯は、王族・政治家などの富裕層に持てはやされた一方で、キリムは元々貧しい人々の使うものということで、蔑まれてきたためです。
そんなキリムが脚光を浴び始めたのは、1950年もしくは60年代に入ってからです。最初に注目したのはヨーロッパの織物の専門家・イスラム美術の研究者達でした。
彼らがその素晴らしさを発見し、インテリアに生かせる素晴らしいアイテムであるとして、ヨーロッパのインテリア市場に持ち帰り、人気が爆発したのです。
キリムがよく売れるとの評判がその後市場に吹き荒れ、それに伴い悲劇も生まれました。昔に織られた俗に言う、アンティークやオールドのキリムは悪徳業者の標的になってしまったのです。
熱心なイスラム教の信者達が真心を込めて織り上げ、教会に寄付した文化的遺産価値の高いキリムは、質が悪くとても文化価値があるとは言えない安物のキリムへと、モラルのない業者によって交換され市場で高く売り飛ばされたのです。また人身売買を金銭ではなく、このキリムと交換したというような悲しい話もあったほどです。(上部絵:礼拝堂でお祈りする少女達の風景)
近年輸送手段とメディアのさらなる発展により、キリムはヨーロッパだけでなく、世界各国に広く普及していきました。このような背景から、本当に価値のあるアンティークやオールドのキリムは、一気に姿を消してしまったのです。
ちなみに日本キリムが紹介され始めたのは、1980年代頃からと言われています。最も多く日本に入っているキリムはトルコ産のもので、次いでイラン(ペルシア)産のものとなっています。
アフガニスタン産のキリムは少なく、ロシア産のキリムはそれよりもさらに少なく、ほとんど幻に近い状態です。

